セイリューオーに会いに行く〜私が北海道へ行く理由

大学時代から数えて6回ほど北海道へ車中泊の旅へでています。時間がとれればすぐにでも行きたい。そんな私が北海道へ行く理由を少しづつ書き出していきます。今回は私の好きな馬、セイリューオーへ会いに行く話です。

セイリューオー

決して第一線で活躍したとは言い難い戦績ではあるものの、朝日杯3歳S時点では世代トップクラスとされた一頭。

私も札幌3歳S(現在の芝千八ではなく芝千二の時)を勝った際に惚れ込んだ一頭です。もともとナリタブライアンで競馬を始め、マヤノトップガンに魅せられてのめりこんだのでブライアンズタイム産駒には強い思い入れがあります。

走りもそうでしたが、なんと言ってもあの美しい栗毛が私を魅了したひとつの要素でもあります。(トップガンもそうだけどね)

あの世代は朝日杯もマイネルマックス、皐月、ダービーはサニーブライアンと、完全にブライアンズタイムの年でした。今でもサニーブライアンの2冠レースは鳥肌がたちます。大外から逃げてそのまま逃げ切るレースって本当に強かったです。

今でこそ育成技術が発達して、古馬まで活躍する馬が6月、7月にデビューして活躍するケースも多いですが、当時は夏のレースは早熟馬がほとんどでした。比較的晩成馬が多いブライアンズタイム産駒が夏の3歳(現2歳)重賞を勝つのは珍しいことでした。

そういう意味でも、ブライアンズタイム産駒の成長力を考えると、セイリューオーがクラシック候補と呼ばれたのも納得できます。

晩年は地方競馬に移籍し、2001年に地方で1勝あげたのが最後の勝利となりました。

引退後のセイリューオー

現在は日高の幾千世牧場さんで功労馬として生活しています。エスポワールシチーの生産牧場であります。大きな放牧場を与えられ、草をはむはむしている姿がみられます。

過去5回セイリューオーに会いに行きました。1回はカメラを持っていかなかったため、写真は残っていませんが、それ以外の写真が少し残っていましたのでそれを交えて元気なセイリューオーの姿を紹介します。

2005年(11歳)

私が初めて北海道へ行った年です。現在の数え方でいくと、11歳のときのセイリューオーです。

当時は牧場の方に声をかけるとセイリューオーをつれてきてくれました。

まだ11歳ということで、若々しい顔をしています。当時のメモを見てみると、セイリューオーはなにかをハミたいのか、ずっとガツガツしていました。

2006年(12歳)

2年連続行ったこの年は写真もメモも残っておらず・・・。

2013年(19歳)

19歳になったセイリューオーですが、まだ毛艶もよく、若々しい姿です。

まだ食欲旺盛で元気な姿がみられます。リュウちゃんと呼ばれていました。功労馬というと、牧場としては支出しかなく経営上のメリットは何もないのですがそれでもまだまだ元気に生活をさせてもらっているようです。

大きな放牧場で牧草もたくさん生えており、好きなときに食べ、好きなときに休む気ままな功労生活でした。

2018年(24歳)

24歳になったリュウちゃんはさすがに老化がみえてきています。毛艶も悪くなり、目も見えなくなってきており歯もはなくなってきているようです。

人間で言えば70歳くらいなのでしょうがないです。

それでも私が行った時は元気に動き回って、常にはむはむと牧草を食べておりました。確かに老化は見えましたが、私の目にはまだまだ元気に生活しているように見えました。

幾千世牧場へ行くといつも女性の方が対応してくださり、いろいろなお話も聞かせていただけて大変楽しませてくれます。

この日も少し話をしたらあとはご自由にどうぞ、という感じで放牧地でリュウちゃんと放置されます。それが適度に気楽でいいです。

この年はエスポワールシチーの下(エミネントシチーの2018)も紹介してくださりました。私好みの栗毛です。今年デビューですね。

2019年(25歳)

25歳のリュウちゃん。24歳のときとそれほど大きくは変わりませんが、体も細く、やはり老いてきている感は否めない。

それでも前年と変わらず、季節柄緑に生い茂った牧草をはみはみしておりました。

この日も適度に放置されて、少しの時間でありましたがリュウちゃんとの時間を過ごさせていただきました。

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